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【高校生レポート】「第2回 親子で参加 こども記者プロジェクト」が開催されました。

今回、こども記者の皆さんと一緒に参加した2名の「高校生記者」から、当日のイベントレポートをまとめてもらいました。こども記者が取材した記事は、12月末の山形新聞の紙面に掲載される予定です。お楽しみに!

レポート① ~1日の流れ~

私たちは、令和3年11月20日に松ヶ岡開墾場で開催された「第2回 親子で参加 こども記者プロジェクト」に参加しました。このプロジェクトは、酒井家庄内入部400年を記念して、庄内地域に住む小学生5,6年生を対象に、地域の歴史を親子で学ぼうという企画です。そして、実際に学んだ事をこども達が新聞記者となって記事を書き、山形県内の方々に広く知っていただきます。集まってくださった親子10組・20名の方々と一緒に松ヶ岡開墾場の歴史を学んできました。
まず初めに新聞記者から取材の仕方を聞いた後、松ヶ岡開墾場の山田副理事長から松ヶ岡開墾場の歴史を聞きました。「松ヶ岡かいこんものがたり」という冊子をもとに、松ヶ岡開墾場の歴史を一生懸命聞いていました。私たちも初めて知る事がたくさんありました。次に、1番蚕室、2番蚕室の見学に行きました。様々な展示を楽しそうにみていました。次はいよいよ執筆です。今日学んだ事で印象に残ったことを思い出しながら、新聞記者になって真剣に執筆していました。こども達が新聞記者として一生懸命学ぼうとする様子や親子で協力しながら執筆する様子に、たくさんの刺激と元気をもらいました。最後に、みんなで陶芸体験も楽しみました。

レポート② ~松ヶ岡開墾場とは~

現在、日本で唯一絹産業の生産工程が揃っている絹の産地が庄内です。そして、庄内の絹産業発達のきっかけとなったのが松ヶ岡開墾場でした。
 松ヶ岡開墾場は、戊辰戦争に敗れた庄内藩が、汚名を晴らし、日本の近代化に貢献するためにつくられました。およそ3千人の侍による開墾が始まったのが明治5年。5年後、血の滲むような努力により原生林だった松ヶ岡は、国内最大の養蚕場となりました。絹糸を使った織物や織り機の生産、染色なども発達し、明治後半には、「二軒に一軒は絹織物の仕事をしている人がいる」と言われるほど鶴岡の絹産業が発展しました。
平成初期に国の史跡となった松ヶ岡開墾場には、現在5棟の蚕室が残されています。カイコの品種をつくることはなくなったものの、観光スポットとして、休日には県内外から多くの人が訪れています。

今回レポートをまとめてくれた高校生記者のお二人です。

犬塚光里さん(写真左)
渡邊 凜さん(写真右)

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